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いざ、オークランド剣道倶楽部へ 4月28日 18:30 郊外にあるホームステ−先へ 娘の荷物を運び込み、ユカコ(我が娘)とホームステ−先の10歳のお嬢さんと軽いハグをして、ファミリーの皆さんにお別れの挨拶をし、オークランド市内に向け出発。 周りはすでに夕闇で暗くなっていた。車に乗り込む時 大きな窓にユカコのシルエットが見えた。明日の登校準備をしているようだ。いよいよ明日から親元を離れ、異国での留学生活がはじまる。娘のほうはいたって楽しそうであった。自分としては、うれしいのか、寂しいのか、心配なのかよくわからない複雑な心境でアクセルを踏んだ。 広いハイウエー16号線は海の上を突っ切るので両脇は海。満天にちりばめられた星、地上に広がる街の灯りもまた地上にちりばめた星のごとくに見紛う。 適度な曲線を描きながら伸びる光のラインの先の向こう岸に広がっているオークランド市の街灯りの丘の真中あたりに ブルーにライトアップされているオークランドタワーが遠くに小さく見える。 そちらに向かっていけばオークランド剣道倶楽部があるはず。すでにビギナーコースの練習は始まっている時間だ。7時半の上級コースには間に合いたいと少し気持ちがせく。 市街に入ってからは地図を頼りにいくつかストリートを間違えながらも道場に到着したのが7時20分頃。大きな看板がかかっていたのですぐに分かった。 道場は二階に有るらしく階段から幾人かの子供や大人の方が降りてくる。ビギナーコースを終えた方達だろう。この方たちとも竹刀を交えたかったが、残念だ。こんにちはー、と言いながらすれ違うと、一瞬、「あれ?日本語?」 っという顔つきをして、すぐ笑顔に戻ってハローと会釈しながらすれ違う。 狭い階段を上り詰めると、そこは天井の高い、まさしく剣道場らしいたたずまいの空間が広がっていた。シーーンと静まり返っている。十数人の剣士が黙想の最中だった。 私は邪魔にならぬよう端っこに荷物を置いて鎮座して見守った。 「やめ!」 の掛け声で黙想を終え、練習開始前に先生の言葉が少しあったあと 全員で輪になって素振りが始まる。メン、メン、メン、…..と道場に気合の入った声が充満する。一通りのウォームアップが終わった頃、先生と目が会ったので、先生に近寄り挨拶をした。回りの剣士達も誰かな?という顔で少し興味をもってこちらを見ているのが分かった。 NZに着いたら電話する事になっていたが、現地到着後、バタバタとスケジュールが変更になり、今日お伺いする事は先生には伝えていなかったので、先生も少し驚かれた様子でした。「あー、そうでしたか、防具は持ってきましたか? では、参加して結構です。」という趣旨の言葉を頂きスタート。 一人の剣士が着替えルームに案内してくださった。防具が沢山 整然と収められた背の高い棚が壁一面を埋めている。貸出用のようだ。その奥に着替えルームとシャワーコーナーがあった。中で幾人かの大柄な剣士達が着替えをしている。元気な英語の会話やシャワーの音が聞こえてくる。立派な剣道施設だ。まさしく剣道普及センターだ。これを作り上げたセイヤー先生と、それを支えるクラブ部員の皆さんの努力は凄い。日本剣道協会はこのような剣道普及をされているセイヤー先生を表彰すべきだ、支援すべきだ と感じた。 剣道未開の地に普及努力された剣道の宣教師みたいだなあと一人で感激していた。セイヤー先生はニュージー各地に散らばるいくつかの剣道場との交流、指導もされ、ニュージーランド剣道協会の設立に努力され、国際剣道連盟に参列するまでにニュージーでの剣道普及、剣道人の育成に努力されて来た事を 先日行ったワイカト大学のMr.Tsai(Samさん)からも聞いていた。 一朝一夕に出来る事ではない。セイヤー先生の剣道への想いと情熱は 並ではない。 ここまで出来るとは……。尊敬の気持ちが自然と湧きおこるのを感じながら、剣道着に着替え、ウォームアップし、練習に加わった。 先生お二人が元立ちに立って、そこへ練習生達が列になって切り替えしの順番を待つ。 一人一人の打ちを丁寧に確認されながら指導される。 その後、つづいて、横列になってお互いに相向かい、基本打ち、技の約束稽古をする。時折セイヤー先生が英語でポイントを指導する。間合い、打ちの機、剣筋、を時に応じて全員に実践的に解説指導されていた。 特に印象に残ったのが、でばな面、でばな小手の練習の途中、全員に先生が言われた指導で、私には初めて聞く説明方法であった。「相手と自分の竹刀の先っぽの交わるあたりにボールがあると思いなさい。そのボールは不規則にあっち向き、こっち向きに間断なく回っている。これが機である。自分の打ちの機になっている瞬間、相手が打ち込む機になっている瞬間を感じ取る。ボールの動きを読む。」そのような内容であると私は理解した。なるほどなー、と思った。ビジュアルにとらまえ、理解しやすい。機をとらまえることの大切さ、機を読み誤れば打っても当たらず無駄打ち。機を逃してはダメ。機を読み、機に乗り、機をとらまえて迷わず捨て身で打ち込む。そういうことであろう。改めて勉強になったご指導であった。その後このご指導は今も大変役に立っており、最近私の剣風が変わってきたねと剣友から言われるようになった一つの要因になっている。 自由稽古に入ったので、セイヤー先生に掛かるため並ぶ練習生の列に入った。皆のびのびと飛び掛っていく。セイヤー先生はゆったりとした構えで練習生に応えておられる。 私の番が来た。 さて、初太刀を取れるかなどと身のほど知らずな意欲をもって蹲踞に入る。 「一歩も下がらず、機において迷わず打ち込む。」それだけを己に課した。すうっと立ち上がり、間合いを詰める。釣鐘のように堂々と構えられたセイヤー先生が眼前に迫る。死線を越える前あたりで、私は「でぃ!」と腹から声を出して気合を掛けた。 それと相呼応してセイヤー先生が、一閃、気合を発した。 「ハッ」とした。 そして、その瞬間 自分の気も体も瞬時動揺した事実を自覚した。 不覚! なにが起きたのか? それは発せられたその声だけで、セイヤー先生のこれまでの修練が只者ではない、本当の修行をしてきたと知らしめるに十分なものであった。我が人生、これまで対戦した剣士や先生方にも感じたことのない闘志、気迫、秘められた奥深さというものが一瞬の内に私の脳裏をかすめたのだ。なんだこの迫力は?という気持ちの迷いが脳裏に引き起こされたのだ。 一瞬に私の攻めを見えない壁で押さえ込まれた感じだった。先生の体のど真ん中からズドン!と大きな波動が押し寄せたような一瞬だった。初めての体験だった。 よく試合場で聴くキエーとか、カー、チェストーとかとは全然違う。そんな喉から先に発せられた薄っぺらなものではない。修練に練りこまれた年輪とでもいうべきか。たった一瞬のその気勢に満ちた気合は私が生まれてこの方対戦した剣道家のだれも出来ないものだった。この瞬間、セイヤー先生の剣道に対する真剣な姿勢、重ねた長年の修練の差〔雲泥の差〕を否応無く悟らされてしまった。この瞬間、すでに勝負あった、ということだ。 あとは、ひたすら攻めこみ、機において迷わず打つのみであった。 稽古直後に「如何なものでしょうか」とご指導を仰いだ。面の中で微笑みながら「気持ちの良い剣道をされますね。」と流暢な日本語が返ってきた。 私にはそれだけで充分であった。大切な事はすでに間合いに入る前から学ばさせていたのだから。 光栄な気持ちで、一礼をして、下がると、他の練習生の方が待ってましたとばかり私に練習手合わせを求めてこられ、喜んでお相手お願い申し上げた。 ニュージー、日本、韓国、中国、台湾、他、出身国はそれぞれ違う剣士の方達と剣を交えた。 それぞれに個性があり、驚きがあり、発見があった。ここで語り尽くす事は到底出来ない。言葉では書きようの無い事ばかりなのだ。剣道の真髄の多くは禅の悟りと同じで、言葉で理解出来るものでは無い。リンゴの味を言葉で説明しても仕切れない。甘くもあり、すっぱくもあり、でも、それだけではない。 理解する方法は? 食べてみるしかない。食べてみれば、分かるのだ。一つ食べて、わかったと思うのはまだ分かっていない。りんごは一つ一つ味が違う。同じ味のりんごはこの世に二つ無い。 剣道もそれと同じであろう。 一連の練習が終わって、黙想、 礼。 その場でセイヤー先生が私を皆に紹介くださった。解散後、お相手した剣士の方々が防具を片付ける私に一人一人対面にて言葉を交わしに来られた。楽しくお互いの感想を述べ、これからも頑張って、いつかまた竹刀を交えよう。今度はいつNZに来るのかと皆に言われました。まことに剣士との出会いとは楽しいものです。 出発前には「NZには人生で一回だけの訪問になろう」と思っていた私でしたが、いつしか、「なんとしても、またNZに来て成長した皆さんとまた竹刀を交えてみたい。」と強く望むようになりました。海外で剣道普及に努力されている多くの剣道家の方達に自分も何か貢献したく思う。 今度は私だけでなく、日本のほかの一般剣道家の皆さんと、あの美しく、すばらしい人柄にあふれるニュージーへご一緒したいと願うこのごろです。 |